好酸球性副鼻腔炎 Eosinophilic rhinosinusitis
好酸球性副鼻腔炎とは
近年抗生剤治療に反応せず、ポリープの再発を繰り返す非常に治りにくいタイプの慢性副鼻腔炎が増加しています。ポリープの中に「好酸球」という細胞が著明に浸潤している難治性の慢性副鼻腔炎を我々は「好酸球性副鼻腔炎」と呼称することにしました(春名,耳展望2001)。
【図1】好酸球
好酸球について
白血球の一種に「好酸球」という、もともとは寄生虫と戦う細胞があります(図1)。寄生虫は好酸球の数千倍も大きい外来生物で、この巨大な外来生物と戦うために、好酸球は非常に強い傷害性を有する物質を細胞内顆粒に持っています(図1の細胞内のピンク色の粒々が顆粒、青色の二股の構造物は細胞の核)。また、寄生虫が動き回るのを阻止するために神経毒なども含んでいます。寄生虫を発見すると自ら自爆するように壊れ、中の傷害性物質を寄生虫に撒き散らせ、核の中にあるDNA繊維を網状に撒いて寄生虫の動きを封じ込めます。
この好酸球が様々な原因により自分の副鼻腔粘膜に強い炎症を起こし、粘稠な分泌液(ムチン)やポリープを作り出すことで好酸球性副鼻腔炎となります。
好酸球は一旦炎症を起こすと体中から好酸球を呼び寄せ副鼻腔を好酸球だらけにします。その好酸球がまた炎症を作り好酸球を呼び寄せるという悪循環を起こすため非常に難治性となります。
好酸球性副鼻腔炎の特徴
好酸球性副鼻腔炎には以下の特徴が挙げられます。
- 成人になって発症し、徐々に症状や病態が進行する難治性の疾患です。
- 両側の鼻腔に多数のポリープができ、においを感じる隙間(嗅裂)にも多数のポリープを認めます(図2)。
- CTやイラストのように両眼の間にある篩骨洞という空間を中心に病変が強く認められます(図3、4)。
- においが減弱したり無くなったりする方が多く認められます。
- 血液やポリープの中に好酸球という細胞を多数認めます (図5)。
- 鼻内にムチンと呼ばれる非常に粘稠な黄色の粘液を認めます。
- 喘息(アスピリン喘息含む)を合併することが多いです。のちに喘息を発症することもあります。
- 抗生剤が効かず経口のステロイド薬がよく効きます。
【図2】好酸球性副鼻腔炎の鼻内所見
【図3】好酸球性副鼻腔炎のCT画像
【図4】好酸球性副鼻腔炎のイラスト
【図5】好酸球(ピンク色の丸い好酸球細胞を多数認める)
好酸球性副鼻腔炎の診断
好酸球性副鼻腔炎が疑われた場合、当院では副鼻腔CT、血液検査、嗅覚検査、鼻内ポリープの生検を行っています。現在は下記に示すような診断基準が存在し(図6)、好酸球性副鼻腔炎と診断されれば、重症度を考慮しながら治療方針を決定していきます。
【図6】好酸球性副鼻腔炎診断基準
指定難病について
好酸球性副鼻腔炎は2015年より指定難病に認定され、基準に当てはまれば医療費助成を受ける事ができます。副院長の大櫛医師は徳島県知事から指定された難病指定医の一人です。原則、知事の認定を受けた医療機関(指定医療機関)が行う医療に限り、指定難病患者の方が医療費助成を受ける事ができます。当院も徳島県の指定医療機関に認定されています。
難病に認定されればこの疾患に関わる検査、投薬、手術などの治療費の自己負担額が図7のように所得によって軽減されます。
(単位:円)
(単位:円)
階層区分 |
階層区分の基準()内の数字は、夫婦2名世帯の |
自己負担上限額(外来+入院)(患者負担割合:2割) | |||
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一般 | 高額かつ長期※ | 人工呼吸器等 装着者 |
|||
生活保護 | 0 | 0 | 0 | ||
低所得Ⅰ | 市町村民税 非課税 (世帯) |
本人年収 〜80万円 |
2,500 | 2,500 | 1,000 |
低所得Ⅱ | 本人年収 80万円超〜 |
5,000 | 5,000 | ||
一般所得Ⅰ | 市町村民税 課税以上7.1万円未満 (約160万円〜約370万円) |
10,000 | 5,000 | ||
一般所得Ⅱ | 市町村民税 7.1万円以上25.1万円未満 (約370万円〜約810万円) |
20,000 | 10,000 | ||
上位所得 | 市町村民税25.1万円以上 (約810万円〜) |
30,000 | 20,000 | ||
入院時の食費 |
全額自己負担 |
※「高額かつ長期」とは、月ごとの医療費総額が5万円を超える月が年間6回以上ある者(例えば医療保険の2割負担の場合、医療費の自己負担が1万円を超える月が年6回以上)
【図7】難病指定による自己負担額の軽減
治療について
好酸球性副鼻腔炎に対する基本的な治療【維持療法】
好酸球性副鼻腔炎は未だ原因が解明されておらず、再発を繰り返す病気です。
当院ではこの病気に対する治療として下記のように氷山を用いて説明しております(図8)。
【図8】好酸球性副鼻腔炎の治療
好酸球性副鼻腔炎では無症状で病気が無くなったように見えても、氷山のように水面下に炎症が隠れています。この炎症が大きくなると水面上の氷が大きくなり症状が強く発現してきます。
この水面下の炎症をできる限り大きくしないようにする治療が維持療法です。維持療法では下記の3種類の方法を組み合わせて行います。
これらの治療は単独ではほとんど効果を認めません。しかし、これらの治療を組み合わせて行うことで水面下の炎症が抑えられた状態を維持できる可能性があります。
また、喘息やアスピリン喘息を合併している患者様では、当院もしくはおかかりの呼吸器内科にてしっかりと治療を行い、気道全体のトータルケアを行っていくことで治療成績の向上を目指します。
抗ロイコトリエン薬
好酸球性副鼻腔炎の病態形成に重要な因子であるCysLTsといわれる部位を阻害する薬物です。副鼻腔局所に効果があるというよりは全身的に好酸球炎症をやんわり抑えてくれるといったお薬です。
鼻噴霧用ステロイド薬
ステロイドの鼻スプレーは全身投与ほど有効ではありませんが、長期使用に対する副作用も少なく、局所の炎症安定化にはある程度の効果があります。
鼻洗浄
生理食塩水による洗浄を行い、鼻内に溜まった粘稠なムチンや好酸球性炎症の原因となる雑菌・カビなどを洗い流します。
好酸球性副鼻腔炎の症状増悪時の治療【ステロイドの内服や点鼻】
症状がひどくなった場合は、ステロイドの内服もしくは点鼻を用いて症状の緩和を図ります。ステロイドの内服や点鼻を行うことで鼻づまりや嗅覚障害などの症状が軽減していきます。ステロイドの内服は症状緩和に非常に効果があるものの、たくさんの量を長期で続けると糖尿病や高血圧、副腎不全など様々な合併症が出る可能性があります。
好酸球性副鼻腔炎に対する手術治療
維持療法やステロイドの内服・点鼻を行っても、中等症以上の好酸球性副鼻腔炎の方ではコントロールが難しいのが現状です。そのため、中等症以上の好酸球性副鼻腔炎に対し内視鏡下鼻内手術を行い、その後維持療法を行うことでコントロールをよりしやすくすることが求められます。
好酸球性副鼻腔炎に対する手術では、下記に示すようなポイントを目的として行います。
- ポリープや病的粘膜を一旦全て除去します(氷山の図において、水面上および水面下の氷の部分を全て一旦除去するイメージです)。
- もともと副鼻腔にはいっぱい小部屋があり、その中で腫れた粘膜や非常に粘稠なムチンと言われる物質が閉じ込められ、炎症の悪循環になっています。この小部屋を全て開放し、一つの空間にする(単洞化)事で、その後の維持療法を行いやすくします。
- 嗅裂(においの神経が集まっている狭い部分)の病変を丁寧に切除し、嗅裂を拡げることで粘膜が多少腫れても嗅覚が悪くなりにくくします。
- 鼻中隔弯曲やアレルギー性鼻炎なども改善し副鼻腔の換気を向上させます。
当院ではこの疾患に対する手術効果は非常に高いと考えており、手術前に維持療法のみではコントロール不良であった症例が、手術後維持療法のみで長期にコントロールされているのをよく経験します。
特に手術後の鼻内洗浄は非常に重要と考えております。好酸球性副鼻腔炎はもともと、鼻副鼻腔内に侵入した雑菌やウイルス、カビなどの異物に対して通常では動かない好酸球が勝手に炎症を起こしてしまうのが原因でもあります。また、好酸球性炎症により産生された粘稠なムチンがそのまま副鼻腔内で炎症を悪循環させてしまいます。よく洗浄を行い、これらを鼻副鼻腔から洗い出すことで悪循環を改善させる必要があります。
また、当院では定期的に通院していただいた際、院内にて病変の強い副鼻腔を特殊な洗浄管で洗浄しています。
好酸球性副鼻腔炎の再発について
新規生物学的製剤デュピルマブ(デュピクセント®)
好酸球性副鼻腔炎は体質的な病気であり、手術や維持療法を行っても再発してしまう事があります。まずはステロイドの内服・点鼻を中心とした治療を行いながらコントロールしていきます。症状の増悪が短期的であり、回数や程度がひどくなければステロイドの内服や点鼻で十分コントロールを行う事ができますが、ステロイドの内服・点鼻が長期となると糖尿病や高血圧、副腎不全など様々な合併症が出る可能性があります。
2020年3月より注射薬であるデュピルマブが鼻ポリープを伴う慢性副鼻腔炎に対し保険適用となりました。好酸球性副鼻腔炎の好酸球性炎症に関係するIL-4とIL-13の働きを抑え、以下のような作用を認めます。
- ①好酸球が副鼻腔の組織に浸潤するのを防ぎます。
- ②鼻粘膜のバリア機能を保ちます。
- ③粘液の過剰産生を抑制します。
- ④鼻ポリープの形成を抑えることで、ポリープができにくくします。
このような効果により好酸球性副鼻腔炎の再発抑制に非常に有効な治療成績が報告されています。
ただし、1本6万円程度と非常に高額な薬剤であり、月に2回注射の薬剤のため、3割負担でも相当な金額となります。そのため好酸球性副鼻腔炎で指定難病の認定となっている患者様で5千円〜2万円/月の自己負担で行います。
当院にて導入のご相談を承っているほか、他院で導入済みの方でも当院にてデュピクセントの処方が可能です。
導入初期は医師による注射となり、訓練後2ヶ月以降から自己注射となります。
指定難病の認定となっていない患者様では高額療養費制度を利用して行うこともできます。