嗅覚障害 Olfactory disorder
においはどのようにして感じている?
においは鼻の奥にある嗅裂といわれる隙間で感知します(図1,2)。
嗅裂には嗅粘膜という粘膜があり(図3)、嗅神経細胞が直接粘膜から突起を出しています。切手1枚ほどの広さしかありませんが、その中に1,000万個の嗅神経細胞が存在すると言われています。
嗅神経細胞はにおい分子と結合すると電気信号を、嗅球という一次中枢を介して脳の嗅覚中枢に伝えます。
【図1】嗅裂(正面)
【図2】嗅裂(横)
【図3】嗅粘膜
★周辺が左嗅裂および嗅粘膜
嗅覚障害の症状について
嗅覚障害の症状では一般的ににおいが弱くなる嗅覚低下や全くにおわない嗅覚脱失が多いです。
そのほかにも以下のような症状があります。
異臭症 | においの感じ方に変化が生じた状態 刺激性異臭症:あるにおいを嗅いだ際に、違うにおいを感じてしまう症状 自発性異臭症:においがない状況で、常に何らかのにおいを感じてしまう症状 |
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嗅覚過敏 | そのにおいの負の要素を強く感じるため不快感が増強されてしまう症状 |
自己臭症 | 自分が口臭、鼻臭または体臭を出していると思い込んでいる症状 |
嗅盲 | ある特定のにおいのみ感じられない状態 |
嗅覚障害の病態分類
嗅覚障害の原因により以下の3つに分類されますが、それぞれが単独ではなく、組み合わさって障害を起こすこともあります。
1. 気導性嗅覚障害
鼻呼吸の際に嗅裂に空気が到達せず、におい分子が嗅神経と結合できないために生じる障害。
慢性副鼻腔炎によるポリープやアレルギー性鼻炎による気流の乱れが原因の場合が多い。
2. 嗅神経性嗅覚障害
嗅神経細胞が傷害を受けて嗅覚の低下・脱失をきたす状態。
原因として嗅神経細胞へのウイルス感染や薬剤による傷害、頭部外傷による嗅神経の傷害などがある。
3. 中枢性嗅覚障害
頭蓋内の嗅覚中枢の傷害によるもので、原因として頭部外傷による脳挫傷が原因の場合が多い。
嗅覚障害の診断
当院で行っている検査について
当院では以下の検査により、嗅覚障害の原因・程度などを精査し治療を行っております。
問診・アンケート | 詳細な問診を行い、いつからどのようににおいが分からなくなったのか、服用薬や他の疾患の既往などを調べていきます。これだけで原因がわかってしまうこともあり問診は非常に重要です。 |
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鼻腔ファイバー検査 | 非常に精細なファイバーにて嗅裂や副鼻腔の状態を確認します。 |
副鼻腔CT検査 | 原因疾患で一番多い副鼻腔炎の精査を行います。ファイバーにて嗅裂の異常がはっきりしなくても副鼻腔CTにて副鼻腔炎を認めることがあり、欠かすことのできない検査です。 |
静脈性嗅覚検査 | 肘の静脈から薬剤を注入し、どのくらい時間が経過してからその薬剤のにおいがわかるか、どんなにおいを感じるかなどを調べます。この検査にて嗅神経がまだどの程度残っているかを推定することができます。 当院ではにおいがわかるまでの時間が20秒を超えてくると嗅神経活動に障害があると判断しています。また、30秒を超えて60秒に近づくほどにおいは分かりづらく、改善しづらくなります。 |
血液検査 | 好酸球性副鼻腔炎の鑑別、アレルギー性鼻炎の関与、亜鉛の欠乏などについて調べます。 |
嗅覚障害の原因疾患の割合
嗅覚障害の原因としては副鼻腔炎が全体の33%と一番多く、次に感冒罹患後の嗅覚障害、アレルギー性鼻炎、外傷性と続きます(図4)。
【図4】嗅覚障害の原因疾患の割合
嗅覚障害の治療 ―嗅覚障害のポイントは決して諦めないこと!―
まずは原因疾患の治療をしていきます。
慢性副鼻腔炎
副鼻腔炎に伴う嗅覚障害では、副鼻腔CTにて陰影を認め、静脈性嗅覚検査は軽度障害から正常のことが多いです。慢性副鼻腔炎の場合、通常の化膿性副鼻腔炎か好酸球性副鼻腔炎かを見極める必要があります。まずはそれぞれに対応する薬物治療を行い、改善がない場合手術治療なども行います。
特に好酸球性副鼻腔炎は嗅覚障害を繰り返し、手術が必要となる症例が多いのが特徴です。手術後嗅覚障害が再発する患者様もいますが、維持療法をしっかり行うことで再発をコントロールできている患者様も多いです。
また、副鼻腔炎で静脈性嗅覚検査の結果が悪化している場合があります。その場合、副鼻腔炎による長期の嗅覚障害により嗅神経細胞自体の数が著しく減ってきている可能性があります。ある程度障害が進んでしまうと、回復はなかなか大変です。手遅れにならないよう、手術を含め早めの治療をお勧めします。
アレルギー性鼻炎
アレルギー性鼻炎の嗅覚障害はお薬でのコントロールが比較的容易ですが、鼻閉が強い方ではコントロールが難しいことがあります。鼻内の構造的な問題も隠れていたりするので当院に是非ともご相談ください。
感冒罹患後の嗅覚障害
感冒罹患後の嗅覚障害は、以前では難治性でなかなか治らないと言われてきました。
しかし、最近は嗅覚障害に対する漢方治療や、嗅覚刺激療法を含め様々なリハビリテーションが行われ始め、以前より改善率が良くなっているのを実感しています。
当院では、感冒罹患後1ヶ月以内で高度の嗅覚障害の場合、合併症の問題がなければ他の神経障害(突発性難聴や顔面神経麻痺)と同様にステロイドを内服や点鼻で投与します。内服は基本的に短期投与としています。点鼻は適切な使い方をすれば合併症が出やすいものではありません。
ステロイド薬を使用する理由として、嗅神経細胞の再生があります。嗅神経細胞は傷害を受けても約1ヶ月かけて再生していることが報告されています。この期間に、再生を阻害する炎症を可能な限り抑え、嗅神経細胞の再生を促進させる目的でステロイド薬を使用します。
1ヶ月以上経過している嗅覚障害の場合は嗅覚リハビリテーションを中心とした薬物治療を行います。
嗅覚リハビリテーションについて
当院にて嗅覚障害に対するリハビリテーションを始めてから約10年が経過しました。
今まで長年にわたり嗅覚脱失となっていた患者様の嗅覚がきれいに治り、今までの治療で改善していなかった患者様でもリハビリテーションを導入して嗅覚が改善することがあり非常に有効な治療だと考えております。
また、慢性副鼻腔炎で静脈性嗅覚検査の結果が無反応の患者様の場合、以前では嗅覚はまず戻らないと考えられていましたが、慢性副鼻腔炎治療後に嗅覚リハビリテーションと薬物治療を併用することで嗅覚が改善する患者様も多く経験しております。
リハビリテーションが嗅覚を改善させる理由として、一次中枢である嗅球の性質が関係しているかもしれません。末端の嗅神経細胞がにおいの素と結合すると、それぞれの嗅神経細胞が神経を介して電気信号を送り、一次中枢である嗅球に集まります。嗅球にある一定以上の電気信号が集まると、次のより高次の中枢へ嗅球が電気信号を流します。しかし、嗅覚障害の患者様では嗅神経細胞の数が減っていたり神経がうまくつながっていなかったりしています。そのため嗅球に一定以上の電気信号が集まらず、次の高次の中枢に電気信号を流すことができません(図5a:通常の嗅粘膜、5b:嗅覚神経性嗅覚障害の嗅粘膜)。
嗅覚リハビリテーションでは数の減った嗅神経細胞を増やすことはできないかもしれません。しかし、神経をうまくつなぎ直したり、電気の流れを良くしたりすることは可能だと思われます。そうして増えた電気信号が一定以上になると嗅球は再び高次の中枢へ電気信号を流し始めることが可能になります(図5c)。
【図5a】通常の嗅粘膜
【図5b】嗅覚神経性嗅覚障害の嗅粘膜
【図5c】
【図6】アロマを使った嗅覚刺激療法
現在当院で行っているリハビリテーションは、特に決まったにおいの素を用いるわけではなく、ご自身の家の周りにあるにおいの素を色々と嗅いでもらい、においがわかったものは可能な限り朝晩1回ずつ嗅いでもらうといった方法です。一つのにおいの素に固執せず、様々なにおいの素を試してもらうことで、嗅覚改善のとっかかりができやすくなります。
アロマを使った嗅覚刺激療法では、主にバラ、ユーカリ、レモン、クローブなどの有効性が報告されています(図6)。しかし、これ以外のアロマでも十分嗅覚障害の治療に有効だと当院では考えております。また、嗅覚が戻りやすいトレーニングの時間帯などもあります。
嗅覚障害の治療は、半年から2年ほどかけてゆっくりと行う治療です。半年で嗅覚が改善しなくても、その後に改善してくる患者様は多数いらっしゃいます。決してすぐに諦めないでください!